話し手:丸紅 次世代事業開発本部 

 ヘルスケア・メディカル事業部    川島浩二 / 部長代理

 ヘルスケア・メディカル事業部    医薬品・医療機器事業課 茂木紀男 / シニアアドバイザー

聞き手:東京大学 薬学部3年 中条桜

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世界各地で輸出入やエネルギー事業などを展開し、5大商社にも数えられる丸紅。これまで医薬品事業の展開は少なかったが、今年4月、中東アラブ首長国連邦(UAE)の首都ドバイに拠点を置くLunatus社に出資参画し、UAEやサウジアラビアをはじめとする中東諸国に日本の医薬品を販売する方針を発表した。

日本人にとって中東のイメージは「石油がある」「砂漠地帯」という程度かもしれない。そんな遠い異国になぜ今進出を決めたのか。丸紅が考える中東医薬品市場の今と展望を聞くため、ヘルスケア&メディカル事業部の川島部長代理と茂木シニアアドバイザーにお話を伺った。

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ーー中東の医療産業への出資参画に踏み切られたのは意外でした。

丸紅:丸紅には16 の営業本部がある中で、次世代事業開発本部のヘルスケア事業部が、医薬品や医療機器を扱っています。医薬品事業は、国内外企業への導入・導出をサポートしています。丸紅では2015年に医薬品(製品)の取り扱いを立ち上げたところで、これから大きな柱にしていきたいと考えています。

過去、先進的な医療機器やサービスの日本医療機関への紹介・導入を長くやっておりました。しかし、色々な理由が有り一度撤退しています。

ーー医薬品ではなく医療機器の歴史があったのですね。

丸紅:商社の部署にもよりますが、数年で黒字化が見込めない新規事業はなかなか取り組みし難い状況があります。だから長いスパンでの事業、それこそ医薬品などは開発に10年かかり、製薬企業のような取り組みは出来なかったのが実情です。5年10年先の成長を見据えて、時間をかけて大きく成長する事業を進めていくためにも、2019年に丸紅では次世代事業開発本部を立ち上げました。

GAFAの様に、技術革新の下に次々と新しいビジネス・事業が生まれています。既存のビジネスの延長線に無い新しい事業に関して何も取り組まないのは違うと。新しい成長領域に根を張って時間をかけて、リソースを割いていこうというのが、この次世代事業開発本部の狙いです。

当事業本部では、ターゲット層として台頭しているアジアの中間層に向けた事業や、不動産経験を踏まえたスマートシティのような次世代社会基盤の拡大のほか、教育・スポーツ系エンターテインメント、アジア・アフリカ地域のインフォーマルセクターなどにも事業展開している所です。これらと並び、ヘルスケア&ウェルネス分野も大きな一分野と捉えています。中東地域も、すでにそれなりに出来上がった市場と伸びていく部分がある中で、ビジネスチャンスがあると考えて参入しました。

医薬品・医療機器においては、商社が輸出入・トレード案件を直接お手伝いすることは余りありません。(許認可上製造販売権を持つ)メーカー様が直接やられる形式が多いです。一方丸紅には海外市場における事業経験があるので、日本の優れた医薬品・医療機器を海外市場の現地側で展開していく、途上国との格差を埋めていく事業がビジネスの大きな柱になるのではないか、というのが今回のアイデアです。具体的には、中東のサウジアラビアやUAEで事業展開しているLunatus社のほか、中国の復紅康合(FOBENI)という会社でも共同での日系医薬品卸販売事業をしています。

ーーもともと中国での事業が軌道に乗っていて、それをもとに手を広げたイメージなのでしょうか。

丸紅:同じモデル展開です。中国市場においては、医薬品卸売販売事業の為に、上位のジェネリックメーカーである上海復星医薬(Fosun Pharma)と、ジョイントベンチャー・FOBENIを立ち上げる形を取りました。中東では、現地で販売網があるLunatus社に出資参画することで、日本の医薬品や医療機器の販売をサポートしていきます。

中東は石油マーケットで拡大してきた市場ですが、その他の産業についても厚い高所得者層による高い購買力があります。今後は大きく伸びるというほどではなくとも、堅調な市場だと捉えています。高所得層は医療費に関して高いポテンシャルが期待できますし、新薬の利用比率がそれなりに高い点でも参入の余地があると注目しています。

さらに近年は中東地域内のハーモナイゼーションが進んでいます。UAEやサウジアラビアで医薬品の承認が取れれば、周辺の国でも比較的簡単に承認が取れると見込まれています。その点で中東市場全体への拡大も可能と見て、サウジアラビアやUAEに販売網を持つLunatus社との提携を決めました。中東市場を一つのまとまりと考えると、ASEANよりも大きな市場です。

中東地域では元々、抗菌剤や抗生物質などの感染症に対する薬が多く使われてきた歴史があります。しかし、アジアやアフリカもそうでしたが、生活が豊かになるにつれて生活習慣病が増えます。さらに中東の場合、医療水準の成熟によって、癌や神経系の領域が成長してきています。ここに日本はそれほど入り込めていない現状があり、そこに機会を見出したというところです。

ーー現時点では製薬企業に事業を説明していく段階なのでしょうか。

丸紅:そうですね。製薬企業には、まずは市場に興味を持っていただく所から進めています。

ーー今後の困難は薬事承認などの部分にあるのでしょうか。

丸紅:まだ日本の医薬品は中東市場には浸透しておらず、日本の医薬品に対して具体的なイメージを持っていない会社がほとんどかと思います。その橋渡しをこれからしていくというのが主な仕事です。

ーー中東にもすでにある程度医薬品市場があるが、使っている薬が全く違うということなのですね。

丸紅:アフリカなどもそうですが、発展途上国は、宗主国や周辺強国の影響を強く受けます。たとえば、トルコやアゼルバイジャンは、欧州向けのジェネリック産業地域と聞いたことがあります。一方UAEやサウジアラビアなど湾岸地域はあまり医薬品を製造するのではなく、輸入すれば良いと考えている印象です。石油産業だけでは今後厳しいという危機感はみなさんお持ちで、次世代の産業が欲しいという話はよく聞きますが、医薬品産業への拡大という方向ではないと感じます。そこで輸入先に上がるのは医薬品産業の歴史が長く、また国としても近しい欧州となり、そのジェネリック医薬品が輸入されてきたと聞いています。

従い、元々UAEやサウジアラビアの湾岸諸国市場において、中堅の医薬品販売企業としてLunatus社などがあったわけです。現状の主要取扱商品となっているものは神経系や癌、整形外科などさまざまの領域があります。意外に売れているものとして、眼科のドライアイや抗炎症点眼薬、点眼麻酔といったものがあります。これも今のところ日本のものは一切入っておらず、欧州のものが流通しています。中東市場に医薬品を出している企業も、我々にはあまり馴染みのない会社さんが並んでいます。

多くの製薬企業がこれまではアメリカや欧州市場などの大きな市場を狙ってきました。しかし我々の取り組みを機に、欧州の延長線上として中東にも取り組んでみようというスタンスで興味を持ってくれる会社さんは多いです。

ーーでは、すでに欧州と繋がりがある会社の方が興味を示してくれるというような傾向はありますか?

丸紅:既に欧州の企業と連携をお持ちの場合は、中東市場も任されていて、我々が入る余地がないというパターンもあります。そこは医薬品のライセンス社会の面白さだとも思います。中東では欧州の薬事の影響を多分に受けるところが有る。医師にしても自国だけでなくて、海外に留学してから母国に戻るということもあり、中東の医師は欧州に留学することが多く、欧州の薬の方が馴染みが有るケースも。アメリカに留学した医師なら、馴染みのある米国の医薬品を使いやすい。その点で日本は物が出てないことに加えて、留学先としても馴染みがないので、浸透していないという背景があるようです。

ーーそうした医師への営業活動もLunatus社が進める形でしょうか。

丸紅:そうです。当部には薬剤師の資格を持った社員も複数名おり、中東Lunatus社に実際に行き医薬品紹介をしてもらうことを考えています。やはり先ず現地の人に日本の薬を知ってもらうというところが大事です。中東では自国の産業として医薬品がなく、基本的に輸入に頼っているため、需要に対して供給が足りていない、参入できる部分があるものと見ています。

ーー本当に2年3年よりも、長くかかりそうな事業ですよね。

丸紅:注意しないと、時間だけが経過してしまうと感じています。色々な製薬企業の関係者様とお話しをしていると、10年単位で事業を考えられているので、我々が感じていた時間の流れとは違います。我々商社の時間感覚としては、5年程度が一つの括りかもしれません。

医薬品が面白いなと思ったのは、医薬品は知的財産なので、製品への責任があって、製造販売権を持っていないと販売できないことです。特に扱いの難しい生物製剤などは製薬企業さんに任せる方が良いので、製造されるメーカーさんに輸出登録をして頂いて、何かあったら我々が責任を持って対応するという立場です。我々の一番大事な役目は、現地での承認や医師への紹介、営業、販売に繋げていく部分だと考えています。

ーー中国と東南アジアから中東とさまざまな事業に関わられ、違いを感じることはありますか?

丸紅:医薬品分野に来て意外だったのは、製薬業界の方が普通にビジネスにおいて英語を使用されることです。医薬品のライセンスビジネスは欧米市場を基に確立されたビジネス環境であって、対外的に権利に関する交渉・契約なども英語ですし、日本ライセンス協会の会合でも日本人向けプレゼンで使用されるスライドが英語表記だったりします。医薬品ライセンス関係者自身が慣れている感じがします。これは中国市場においても同様でした。

他に感じるのは、薬事に縛られつつも薬事に守られていること、ルールの中でビジネスをすることが制約でありながら利益の根源でもあるということです。例えば健康食品の話になると、急に制限の無い、宣伝周知有りき、のビジネスに変わってきます。コンシューマー向けのビジネスにはそういう難しさを感じます。

ーー中東で医薬品・医療機器以外の医療サービスも進めていくのですか?

丸紅:検討していきます。現状、医療サービスは東南アジアを先に進めています。東南アジアは、たとえばフィリピンでは検体検査事業にJVを組成し取り組んでいます。インドネシアでは最大手の民間病院に出資、またデジタル母子手帳事業なども進めています。これは2018年に丸紅のビジネスコンテストで大賞を取ったアイデアで、従来紙媒体だった母子手帳をスマホのアプリで母子の健康をサポートしていくというものです。

しかしこうした事業もまだまだこれからで、ヘルスケアを丸紅の一つ大きな柱にしていく為に推し進めている所です。

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編集後記

既に欧州各国のシェアがある中で、言語や文化を異にする日本の薬は品質を武器にどれほど戦えるのだろうか。日本は世界に珍しい新薬創出国であるものの、近年は新薬の候補が出し尽くされて薬の開発が難しくなっており、DXやAIの活用、事業の広範化などに打って出る製薬企業も少なくない。丸紅が見据える販路拡大が、医薬品業界にとって新たな選択肢となるのか。日本の医薬品の品質は確かであり、医療が有効性や安全性が最重視される領域であるとはいえ、既にあるシェアを動かすハードルは依然として高いだろう。丸紅がそこに参入の余地を見たことは個人的に興味深かった。

今年9月の日本アゼルバイジャン経済合同会議では、物流から再生エネルギーまで多くの分野での協力に対する取り組みが報告された。この中では主に、日本の製品や技術をアゼルバイジャンに導入したり、既存のプロジェクトをアゼルバイジャンで展開したりといった形での連携が取り上げられ、今後にも期待されている。今回の丸紅の事業についても、その経過を追うことで、今後アゼルバイジャンに対しての参入機会を考える上でヒントになるかもしれない。丸紅の医薬品事業が日本と中東の架け橋として、新たなビジネスを確立することを願っている。